大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(オ)714号 判決

上告人

延原倉庫株式会社

右代表者代表取締役

延原久雄

右訴訟代理人弁護士

安木健

被上告人

延原星夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安木健の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係によれば、(一) 延原観太郎の死亡により延原鈴子及び被上告人を含む四名の子が本件土地を共同相続し、観太郎が遺言で各相続人の相続分を指定していたため、鈴子の相続分は八〇分の一三であった、(二) 鈴子は、本件土地につき各相続人の持分を法定相続分である四分の一とする相続登記が経由されていることを利用し、右鈴子名義の四分の一の持分を上告人に譲渡し、上告人は右持分の移転登記を経由した、というのである。

右の事実関係の下においては、鈴子の登記は持分八〇分の一三を超える部分については無権利の登記であり、登記に公信力がない結果、上告人が取得した持分は八〇分の一三にとどまるというべきである(最高裁昭和三五年(オ)第一一九七号同三八年二月二二日第二小法廷判決・民集一七巻一号二三五頁参照)。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官藤島昭 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)

上告代理人安木健の上告理由

第一、本事案の概要と原審の判断

1、上告人は、延原観太郎(以下、観太郎という)の相続人四人のうちの一人である延原鈴子(以下、鈴子という)から相続財産たる不動産の共有持分を譲受けた。右不動産には、共同相続人の暫定的な合意にもとづき、法定相続分にしたがった相続登記がなされていたが、遺産分割の協議は成立していなかった。上告人は鈴子からこのような持分を譲受け、四分の一について持分移転登記をうけた。その後相続人の一人である被上告人が相続税を滞納したため、右不動産は公売処分に付され、上告人は持分を失なった。

そこで、上告人が本来自らに帰属すべき公売代金のうち、被上告人の滞納相続税に充当された部分について、被上告人に対し求償債務の履行を求めたのが本件である。

2、これに対し原審は、鈴子の指定相続分は八〇分の一三であり、上告人はそれだけの持分を譲受けたにすぎないとし、上告人は公売代金の八〇分の一三に相当する残余金の配当をうけているので、もはや求償すべきものはないとして上告人の請求を棄却した。

原審は、その根拠として、「相続人全員のためにする共同相続登記は、相続人中の一人によってもなし得る保存行為であって、当該不動産が共同相続財産であることを公示する意義しか有しないものであるから、右外観を信頼した第三者を保護する必要性はないし、ましてや法定相続分という法の作出した権利外観を信頼した第三者を保護すべき根拠も見い出すことはできないので、被控訴人(上告人―引用者注)の右主張は採用することができない。」ことをあげている。

しかしながら、原審の右判断は、以下のとおり民法第九〇九条の解釈を誤り、また、従来の最高裁判所の判例の趣旨にも違背しており、取消されるべきである。

第二、遺産共有と第三者

一、民法第九〇九条但書

共同相続人はその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継するが、遺産分割前にも第三者との間で種々の法律関係が発生する。他方で第三者は各相続人がどのような割合によって権利義務を承継するのかうかがい知ることができない。そうして、遺産分割に遡及効が認められる結果、各相続人は被相続人から直接遺産を取得したものとされ、分割前の共有状態は存在しなかったものと取り扱われることになるのである。

そのために、第三者は不測の損害をこうむるおそれがあり、このような第三者を保護するために設けられたのが民法第九〇九条但書である。

二、従来の最高裁判所判例

遺産共有の性質については従来から共有説、合有説があるが、最高裁判所は共有説をとっている。また、昭和四六年一月二六日第三小法廷判決(民集二五巻一号九〇頁)は、分割前に生じた第三者は民法第九〇九条但書によって保護されるとする一方、分割後は「相続財産中の不動産につき、遺産分割により権利を取得した相続人は、登記を経なければ、分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、法定相続分をこえる権利の取得を対抗することができない」として、第三者の保護を図っている。また、昭和五〇年一一月七日第二小法廷判決(民集二九巻一〇号一五二五頁)は、遺産分割前に特定財産の持分を譲受けた第三者は共同所有関係の解消を求める方法としては、遺産分割審判ではなく、民法二五八条にもとづく共有物分割訴訟によるべきことを明らかにしている。

このように従来の最高裁判例は、「第三者との関係においては、つねに―具体的相続分ではなく―法定相続分をいわば実在する権利として扱うものであって、他の共同相続人の利益よりも第三者の利益を優先するという思想に裏づけられている」(島津一郎等判例タイムズ三三〇号九〇頁)と考えることができ、また他の共同相続人と持分を譲受けた第三者との関係については、通常の共有関係と何ら変わらないものと考えられていると解することができる。

三、債務の相続との関係

債務の相続については、大審院以来一貫して法定相続分により分割して承継されるとの考え方がとられている。これは、指定相続分あるいは具体的相続分によって債務が承継されるとすれば、共同相続人間の内部的事情によって相続債権者の利益が左右されることになって、不都合であるからである。結局、第三者の利益を保護するためには、相続人以外の者にとっても明白な法定相続分によって分割承継するものとして、画一的に取り扱わざるをえないのである。

このような債務の相続の場合の考え方は、本問題を考察するにあたって当然参照されるべきであろう。

四、結論

1、以上のような理由から、遺産分割前に共同相続人の一人が個々の不動産の持分を第三者に譲渡した場合、譲渡人の指定相続分もしくは具体的相続分が法定相続分を下まわったとしても、第三者は法定相続分の割合による持分を取得するものと解すべきである。

2、仮に、右のような考え方をとるべきではないとしても、譲渡人の相続分が法定相続分と異る場合には、そのような登記がなければ譲受人たる第三者に対抗できないと解すべきである。

第三、本件における適用

一、上告人の取得した持分

本件では、観太郎の遺産について法定相続分による相続登記がなされており、上告人は共同相続人の一人である鈴子から不動産の共有持分を譲受けるとともに持分の移転登記をうけた。上告人の代表取締役は共同相続人の一人であっても、上告人自身は相続人ではなく、第三者にあたることは言うまでもない(なお、上告人の株式の過半数を観太郎が所有していたため、上告人の代表者以外の相続人もまた上告人の株主となる)。

したがって、前記のような理由から上告人は問題の不動産の共有持分四分の一を取得したと考えるべきである。

二、上告人の善意

前記のような問題を考えるにあたって、第三者の善意または悪意によって結論が左右されるべきものではない。しかしながら、念のために上告人が善意であったことについてふれる。

上告人が鈴子から持分権を譲受けたのは、昭和五〇年一二月であるが、その段階では観太郎の遺した遺言書の効力について激しい争いがあり、裁判所の判断はどこからも示されていなかった。上告人の代表者は遺言書の無効を信じ、かつ訴訟においても一貫してこれを主張していた。ただ、問題は法律解釈のいかんによるため、場合によっては四分の一の法定相続分を下まわる可能性が絶無ではないと考えざるをえず、鈴子との売買契約にあたっては原判決の認定するような付随的合意を付加して、慎重を期することとしたものである。

したがって、付随的合意があることをもって上告人が悪意であったと考えることはできない(なお、原判決も善意・悪意の認定をしているわけではない)。

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